どうぞ安らかに
今朝、妹の「テレビでマイケル・ジャクソンが死んだとか大騒ぎしてるよ」という声で起こされ、半信半疑でテレビを付けると、マイケル心停止で病院搬送という一件で大騒ぎになっているロスの様子が映し出されていました。
その時点ではまだあくまでも未確認情報だった為、私が彼の死を確認したのは午後になってから銀行のロビー内のテレビで流れたNHKのニュースでした。
享年50歳
確かに人の人生としたら短い人生でしょう。
しかし、8歳の子供時代からエンターテイメントの世界に身を置き、ポップスター、マイケル・ジャクソンという特別な人生を歩んできた彼からすれば、精神的にも肉体的にもこれが限界だったのかも知れないなとも思いました。
初めにこのニュースを聞いた時に感じたのは、彼の人生に対する憐れみと、彼が求めた幸せと相反する何だか可哀想だな・・という感覚でした。
この事を親友のMちゃんにメールすると、彼女らしい答えが返ってきたのです。
それは、「可哀想」という一言で彼の人生を括ってしまうのはどうなのだろう、だって彼にも彼が本当に幸せだと心から感じる事が出来た瞬間が沢山あっただろうし、周りは知らない彼だけの幸せだって数多くあったはずなのに、奇行や栄光の光と陰の部分ばかりをフィーチャーする報道には疑問を感じるという返事。
なるほどそうだなと、彼女からのメールを何度も読み返し、確かに自分の死後に自分の人生を大して知りもしない人から哀れな人生だと括られる気持ちを考えたら、さぞかしやりきれないだろうと、マイケルに申し訳ない気持ちになったのです。
確かに彼は人とは違う感覚を持ち、結婚生活もどこか現実感の薄いものだったけれど、その中で子を成し、家庭人としての一面を手に入れた彼の本当の姿を私たちは知らない。
少し不器用な天才少年は、その喜びを少し変わった形で表現してしまったためにそれが奇行としてだけ映像として残ってしまい、こうして死後も繰り返し流されてしまうのは自業自得とは云え余りにも気の毒。
私はMちゃんからのメールにいたく同感しながらもこう返しました。
彼には出来るならば人よりも少し早く生まれ変わり、今度の人生は子供時代を子供として謳歌できるような人生を送って欲しいと。
輪廻転生を強く信じている訳ではないし、その手の話は苦手だけれど、彼に関してはそうなって欲しいと願いました。
そう願ったのには理由があります。
私は結構偶然道端で有名人に遇う体質なのか、今までも何人か自分でも驚く遭遇体験を持っているのだけれど、その中でも特別なのが今から20年近く前にNYで遇ったマイケルでした。
それも道端で遭遇したのではなく、弟から頼まれたブルース・ブラザースのビデオを
買いにタイムズスクエアにあるビデオ屋の2階で夢中になって探していると、急に周りが薄暗くなり慌てて周りを見ると、少し前までは数人は居たはずの客が全く居なくなっていて、そこにいたのは私の横に細身の黒のスーツに身を包み、白い手袋をした(!)男の人とその側近らしき屈強な男たちのみ!
そう、それがマイケル・ジャクソンだったのです。
いつもの通りマイケルはその店を貸し切りにして買い物を楽しもうとしたのですが、店の店員は余りに小柄な日本人の私がまだそこで必死にビデオを探しているのを見落とし、そのままマイケルを2階のセルビデオのフロアに案内してしまったようでした。
急に周りが暗くなったのは、マイケルお付きのプロレスラーのようなSPが、屈んでビデオのタイトルを目で追っている私のすぐ横のビデオをマイケルが手に取ったために、仕方なく私も護衛のために囲まなくてはいけなかった為でした
。
特別彼のファンでもなかった私は別段声を上げる事もなく、その黒ずくめの男がマイケルと分かってからも黙々を弟のお土産探しをしていたので、追い出される事もなくその後もしばらくマイケルとのショッピングを楽しみました。
よく映像で見かけた黒人のおじさんのお付きの人に買い物かごを持たせ、買い物を続けていたマイケルのかごの中をちょっと拝見すると、見事なまでに全て子供用のビデオばかりでした。
その頃はその後にマイケル・ジャクソン東京ドーム公演を行った日本におけるマイケルの絶頂期だった頃、その後取り沙汰される彼の奇行や指向などが興味本位で報道される事はまだなく、それを見ても特別におかしいとも思わなかったのですが、その後に報道される数々の奇行に関する情報を見聞きして、やはり子供時代の余りに過酷な生活が彼の人生に大きく影響して、心のバランスを崩しているのだと感じました。
公演のために疲れた身体で移動する毎日の中、周りにいるのは莫大なお金を生む子供のスターとしての価値に固執する大人ばかりという歪んだ世界に囲まれ、子供だったマイケルの神経はすり減り疲れ切っていたと思います。
自分が今どこにいるのか、明日はどこで何をするのかも分からない仕事漬けの日々。
これはやはり異常です。
親の愛に包まれ子供らしい時間を取り戻したかった、それが彼の残りの人生の内の一つの願いだったのは間違いないでしょう。
だからせめて彼の次の人生は、そんな当たり前の時間を当たり前に手に入れて欲しいと願わずにはいられませんでした。
彼の50年の一生が可哀想な人生だったとはもう思いません。
あれだけ沢山の才能に恵まれ、多くの人が心の歌だと思える沢山の名曲を世に送り、彼が居なければ自分はここにいないと断言できる多くのフォロアーをこの世に生んだのですから。
慈愛と共生を訴える彼の楽曲が、これから先も色あせないスタンダードとして後世に残っていく事になるのは間違いないでしょう。
だから、どうぞ安らかに・・・合掌
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