社会

2009/06/27

どうぞ安らかに

今朝、妹の「テレビでマイケル・ジャクソンが死んだとか大騒ぎしてるよ」という声で起こされ、半信半疑でテレビを付けると、マイケル心停止で病院搬送という一件で大騒ぎになっているロスの様子が映し出されていました。
その時点ではまだあくまでも未確認情報だった為、私が彼の死を確認したのは午後になってから銀行のロビー内のテレビで流れたNHKのニュースでした。

享年50歳

確かに人の人生としたら短い人生でしょう。
しかし、8歳の子供時代からエンターテイメントの世界に身を置き、ポップスター、マイケル・ジャクソンという特別な人生を歩んできた彼からすれば、精神的にも肉体的にもこれが限界だったのかも知れないなとも思いました。

初めにこのニュースを聞いた時に感じたのは、彼の人生に対する憐れみと、彼が求めた幸せと相反する何だか可哀想だな・・という感覚でした。
この事を親友のMちゃんにメールすると、彼女らしい答えが返ってきたのです。

それは、「可哀想」という一言で彼の人生を括ってしまうのはどうなのだろう、だって彼にも彼が本当に幸せだと心から感じる事が出来た瞬間が沢山あっただろうし、周りは知らない彼だけの幸せだって数多くあったはずなのに、奇行や栄光の光と陰の部分ばかりをフィーチャーする報道には疑問を感じるという返事。
なるほどそうだなと、彼女からのメールを何度も読み返し、確かに自分の死後に自分の人生を大して知りもしない人から哀れな人生だと括られる気持ちを考えたら、さぞかしやりきれないだろうと、マイケルに申し訳ない気持ちになったのです。

確かに彼は人とは違う感覚を持ち、結婚生活もどこか現実感の薄いものだったけれど、その中で子を成し、家庭人としての一面を手に入れた彼の本当の姿を私たちは知らない。
少し不器用な天才少年は、その喜びを少し変わった形で表現してしまったためにそれが奇行としてだけ映像として残ってしまい、こうして死後も繰り返し流されてしまうのは自業自得とは云え余りにも気の毒。

私はMちゃんからのメールにいたく同感しながらもこう返しました。
彼には出来るならば人よりも少し早く生まれ変わり、今度の人生は子供時代を子供として謳歌できるような人生を送って欲しいと。
輪廻転生を強く信じている訳ではないし、その手の話は苦手だけれど、彼に関してはそうなって欲しいと願いました。

そう願ったのには理由があります。
私は結構偶然道端で有名人に遇う体質なのか、今までも何人か自分でも驚く遭遇体験を持っているのだけれど、その中でも特別なのが今から20年近く前にNYで遇ったマイケルでした。
それも道端で遭遇したのではなく、弟から頼まれたブルース・ブラザースのビデオを
買いにタイムズスクエアにあるビデオ屋の2階で夢中になって探していると、急に周りが薄暗くなり慌てて周りを見ると、少し前までは数人は居たはずの客が全く居なくなっていて、そこにいたのは私の横に細身の黒のスーツに身を包み、白い手袋をした(!)男の人とその側近らしき屈強な男たちのみ!
そう、それがマイケル・ジャクソンだったのです。

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※多分この頃かと・・

いつもの通りマイケルはその店を貸し切りにして買い物を楽しもうとしたのですが、店の店員は余りに小柄な日本人の私がまだそこで必死にビデオを探しているのを見落とし、そのままマイケルを2階のセルビデオのフロアに案内してしまったようでした。
急に周りが暗くなったのは、マイケルお付きのプロレスラーのようなSPが、屈んでビデオのタイトルを目で追っている私のすぐ横のビデオをマイケルが手に取ったために、仕方なく私も護衛のために囲まなくてはいけなかった為でしたcoldsweats01
特別彼のファンでもなかった私は別段声を上げる事もなく、その黒ずくめの男がマイケルと分かってからも黙々を弟のお土産探しをしていたので、追い出される事もなくその後もしばらくマイケルとのショッピングを楽しみました。
よく映像で見かけた黒人のおじさんのお付きの人に買い物かごを持たせ、買い物を続けていたマイケルのかごの中をちょっと拝見すると、見事なまでに全て子供用のビデオばかりでした。

その頃はその後にマイケル・ジャクソン東京ドーム公演を行った日本におけるマイケルの絶頂期だった頃、その後取り沙汰される彼の奇行や指向などが興味本位で報道される事はまだなく、それを見ても特別におかしいとも思わなかったのですが、その後に報道される数々の奇行に関する情報を見聞きして、やはり子供時代の余りに過酷な生活が彼の人生に大きく影響して、心のバランスを崩しているのだと感じました。
公演のために疲れた身体で移動する毎日の中、周りにいるのは莫大なお金を生む子供のスターとしての価値に固執する大人ばかりという歪んだ世界に囲まれ、子供だったマイケルの神経はすり減り疲れ切っていたと思います。
自分が今どこにいるのか、明日はどこで何をするのかも分からない仕事漬けの日々。
これはやはり異常です。

親の愛に包まれ子供らしい時間を取り戻したかった、それが彼の残りの人生の内の一つの願いだったのは間違いないでしょう。
だからせめて彼の次の人生は、そんな当たり前の時間を当たり前に手に入れて欲しいと願わずにはいられませんでした。

彼の50年の一生が可哀想な人生だったとはもう思いません。

あれだけ沢山の才能に恵まれ、多くの人が心の歌だと思える沢山の名曲を世に送り、彼が居なければ自分はここにいないと断言できる多くのフォロアーをこの世に生んだのですから。
慈愛と共生を訴える彼の楽曲が、これから先も色あせないスタンダードとして後世に残っていく事になるのは間違いないでしょう。

だから、どうぞ安らかに・・・合掌

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2008/09/24

土曜の朝「平和」を考える その1

「あなたにとって「平和」とは、何ですか」 

土曜の朝、「平和」を考えた。

先日のブログに書きました通り、土曜の朝から自転車を走らせ、
表参道ヒルズ内のイベントホールに設営されたシブヤ大学の臨時教室にて、
期待通りの有意義な時間を過ごしてきました。

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受付を済ませ、テキスト代わりの伊勢崎さんのインタビュー誌面のコピーを受け取り席に着くと講義が始まるまでの数十分の間、中央に設置してある大型モニターに映し出されたTBS「情熱大陸」出演時の伊勢崎憲治氏の活動中の姿を観ていました。
この番組は好きでよく見るのですが、あいにく伊勢崎さんの回は見逃したようで、これが初めて観る伊勢崎さんの姿でした。
講義が始まるまでの場つなぎ的な映像でしたので、残念ながら結局途中で終わってしまい尻切れトンボになってしまいましたが、伊勢崎さんのような回こそDVD化して学校の図書館とかでも貸し出せるように出来れば良いのにと思いました。

そんな短い間の映像の中にも思わず頷いてしまった言葉が幾つかありました。

「僕も(私も)あなたのような国際的な仕事に従事したいのですが、
                   それにはどうしたらよいのですか?」

伊勢崎さんの様に世界の紛争の最前線で活動されている方にあこがれ、彼の元によくこういう質問が舞い込むようです。
そういう時、彼は必ずこう返事をするそうです。

「まずは、日本の社会の中で一度揉まれてきなさい」

その理由として、国際舞台に憧れる若者がつい敬遠しがちな日本社会ですが、敢えてその中に身を置くことで「他人(ひと)に迷惑をかけない」という最も基本的な社会のルールを学ぶ事が出来るからだと言うのです。
確かに昨日まで学生だった人間が一度も社会というものを知らずに国際的な舞台に出た時、社会における会社などの集合体の中でいち歯車として働き、責任を持って仕事をやり抜いたという経験を知らない事で、独りよがりな考えからスタンドプレイに走ってしまう事だって十分考えられるでしょう。

映像の中の伊勢崎さんはどんなに自分が行おうとしている事が正義だとしても、決してそれを相手に押しつけたりしませんでした。
紛争している国の兵士たちに武器解放を承諾する代償として、生活物資と現金の提供や仕事の斡旋などを彼らに申し出ても、必ずしも受け入れる人ばかりではなく、長く争いが続いたことで人を信じる力を失ってしまい約束の場所に姿を現さない人も映像の中に大勢いました。
そんな時は焦らず相手が心を動かすのを待ち、「まぁ、こういう事もあるさ」と決して自分の意見を押しつけたりしないのです。
これは何も国際的な紛争の場だから起きたことではなく、日本の社会の中にも同じように辛抱を強いられることは多々あります。
だからこそ伊勢崎さんは世界に出たがる若者には、まず一度日本の社会で揉まれそれなりの失敗を経験し、今でもそれを思い出すと胃が痛くなるような思いを経験してから、その事から何物にも代え難い大事なものを学び、外の世界に飛び込むべきだと言っているのだと思いました。

だからこそ、上で言ったようにDVD化してもらって学校の図書館に置く事で、学生たちの社会に出る為の指針になるんじゃないかと思ったのです。

まだ本題の講義内容にも触れていないのに、これだけ書きたいことがあるのだと改めて驚きました。

情熱大陸の映像が途切れ、次の瞬間スクリーンにタイピング音と共に日本国憲法第9条が映し出されました。

■日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。

■前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。
 国の交戦権は、これを認めない。

そして、「1945 8.15」の終戦の日付が映し出され、
「あの日二度と戦争はしないと誓ったのに・・・・」という言葉に続き、第二次大戦後に世界で起きた戦争、民族紛争の数々が恐ろしい早さで映し出されました。
つまりその位のスピードで流さなければ終わらない程膨大な数の争いが、この地球上でこの60年余りの間に行われたのだと言うことなのです。

映像が途切れ、いよいよ伊勢崎さんの登場です。
先ほど見ていた映像の中の印象よりも幾分小柄で、柔らかい印象の男性でした。
しかし、壇上でマイクを前に先日アフガンで殺害されたペシャワール会の伊藤和也さんの事に触れると表情を固くされ、無念さが言葉に端々に感じられました。
実際には伊藤さんと個人的な交流は無かったという事ですが、「ペシャワール会」の活動の重要さや、若い伊藤さんの行っていた事がどれほどアフガンの人たちの生活に根付き、争いで傷ついた彼らを支えていたかを強く訴えてらっしゃいました。
本当ならばこの話から発展して、現地に根を下ろし活動している人たちの話などにも触れたりする事も出来たんだと思いますが、なにぶん多忙な伊勢崎さんはこの1時間後すぐにこの場を立って、次の仕事場に移動しないとならないために、本筋から外れる話は極力端折り本講義の本題から話されていました。

まずは「紛争解決人」という自身の仕事の活動内容から・・と思いきや、時間もなく9.11が近かった事もあり、「タリバン」のような存在はどうして生まれたのか、争いはいかにして起こるのか、などの核心に触れる部分から話は始まりました。
実際に日々のニュースの中で繰り返される「タリバン」という存在に対し、「タリバンって何?」という問いに的確に答えてくれる人は少なくとも私の周りにはいませんでした。
民族紛争から生まれるテロについても、一体このテロの事の発端は何なんだ?という疑問に対しても、モニターに映し出される図を駆使して、例を挙げながら端的に解説される伊勢崎さんの話は、どれも説得力のあるお話ばかりで一瞬たりとも興味をそがれることがありませんでした。

そしてその話から「紛争解決人」としての活動との関わりに話を移行されていったのです。

ここで拙い私の文章をだらだら書いていても仕方が無いので、今回の講義のもう一人の講師でもあるGENERATION TIMESの編集長・伊藤剛さんが伊勢崎さんにインタビューされた記事にリンクしますので、宜しければそちらをお読みいただけると助かります。
実際に会場でも希望者にコピーが配布され、私も読ませていただきました。

先駆者たちの背中 第五回 「職業は紛争解決人 伊勢崎賢治」


私は講義の本題の部分を私なりにまとめている最中ですので、ここらへんで一度切らせて頂き、再度改めてアップさせて頂きます。

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2008/09/20

シブヤ大学

急に何かに目覚めたように、食い気中心に(笑)頻繁にアップしていますが
今日はちょっと興味の矛先を変えてまじめに「世界の平和」について考えてみます。
・・・といっても、今日は予告編のようなもの。

もう今日になってしまいましたが、20日の土曜日に急遽にわか大学生になる予定でして、というのは、友人がネットで「シブヤ大学」なるものを見つけてきまして、20日はその仮想大学ともいうシブヤ大学が企画した講義に朝から参加してくるのです。

http://www.shibuya-univ.net/about/

シブヤ大学に興味のある方は上をクリックしてみてくださいね。

講義の内容は「ピースコミュニケーション 〜『平和』はいつも伝わらない 〜」という
タイトルの通り「平和」について。

http://www.shibuya-univ.net/class/detail.php?id=238

講師は紛争解決人という聞き慣れない肩書きを持つ伊勢崎憲治氏。

1957年東京都生まれ。早稲田大学大学院理工学研究科修士課程終了後、インド国立ボンベイ大学大学院に留学中、現地スラム街の住民運動に関わる。その後、国際NGOの一員として、アフリカで10年間の開発援助を経て、東チモールで国連暫定行政府の県知事。そして西アフリカ、シエラレオネでは国連PKO による武装解除を担当し、内戦の終結に貢献する。その後、アフガニスタンにおける武装解除を担当する日本政府特別代表を務める。現在、東京外国語大学大学院地域文化研究科教授(紛争予防と平和構築講座長)。

※シブヤ大学HPより

先日、たまたま青山でフジロックに毎年ご一緒しているグラフィックデザイナーの方にばったり遇い夕飯をご一緒した時にこの話題になり、彼は伊勢崎さんの著作をすでに読んでいてとても興味をもたれていたようで、初めは他の講義にも食指が動いていたのですが、彼の話を聞いてゆくうちに俄然伊勢崎さんのお話を聞きたくなり受講する事にしたのです。

藤原君の舞台「ロープ」を観て以来、伊勢崎氏のように紛争の中に身を投じ最前線で平和を考えている方の意見が前よりも更に気になるようになった気がするのです。
自分が子供だった時よりも確実に平和は遠くなってきている、そんな漠然とした不安を抱えて悶々としている位なら、まずは動いている方の考えに触れてみたい!
そんな気持ちで明日にわか大学生として表参道へ足を運びます。

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