LIVE

2009/09/20

コレ、はまります


MusicPlaylist
MySpace Playlist at MixPod.com

いつもヒョンジュン君関連でお邪魔しているブログの方がブログツールとして
使われていたコレを見て早速マネっこしてみました。

最初はKOREAN SONGSと題して、その方のマネをしてセットリストを作って
いたのですが、何せ浅すぎる私の韓国音楽シーンに対する知識じゃ、
あっと言う間にネタが尽き・・・sweat02結局、BIG BANGとヒョンジュン君とこのSS501、
そして最近ようやく彼らの実力を理解したばかりの東方神起のみで
完全にお手上げ、全くお話しになりませんでした・・・・sad
あっ・・ちなみにこの東方神起、中でも個人的にご贔屓のカン・ドンウォン似だと
思ったユチョン君がどストライクでした(笑)
服のセンスも良くてよろしくてよheart01


そこで、得意分野と行くか!とばかりに今まで見たFUJI ROCK FES.での
BEST ACT BANDを挙げてみるとしますか!と言う事で、思いつくまま10曲、
20曲・・・と挙げてゆくうちに、FUJI ROCKに限らず今まで見たLIVEの中から
鳥肌の立つ程格好良かったLIVE BANDという括りで挙げる事にしたら、
耳と目と記憶を辿る錆び付きつつあった脳がフル回転!
気付くと50曲になっていました。

要はGREATEST LIVE BANDのコンピレーション。

BOOM BOOM SATELITESに始まり・・・
The Music
Basement Jaxx
COLDPLAY
KASABIAN
Kula Shaker


・・とこの辺は全てFUJI ROCKでライブを見る事が出来たバンドたち
細かく語りたいけれどキリがなくなるので割愛しますが、どれも最高のLIVE BANDです。

Reef
彼らは単独公演しか見てないけれど、
絶対にFUJI ROCKと相性良いと思うんだけどなぁ・・

The Stone Roses
Ian Brown

Ianは一時期はFUJIの常連でしたが、The Stone Rosesで一度位見たいなと・・

Pale Fountains
唯一このバンドはLIVE BANDと言うよりも、単純に思い出の大好きなバンドだったんで、
この曲がいつでも聞けるようにと入れただけです。
だからちょっと浮いてる(笑)

VELVET REVOLVER
彼らはサマソニには来たんだけど、単独公演が見たくて武道館公演のチケットを
買ってワクワクして待っていたら、スコットのドラッグ問題で公演中止の憂き目にcrying
泣く泣く払い戻しをした悔しさから入れてみました。
やっぱ格好いい!!!!

The Strokes
彼らもFUJIと初来日の時に見たけれど、FUJIの時の方が良かった。
ますます良いバンドに成長しました。

Stone Temple Pilots
彼らはもう無条件に好きです!彼らに関しては海外まで追っかけましたheart01
今のところ私の中のBEST LIVE ACTは彼らのLIVEです。
VELVET・・はもう無いし、いいからこっちに色気出してくれないかしら。
それもまぁスコット次第かぁ・・

Janes Addiction
彼らもFUJIで見ましたが、97年の伝説の第一回FUJI ROCKの時に
レッチリにギターで参加していたデイヴ・ナヴァロをJanesの時に見た時は
嬉しかったなぁ。この人の弾くギターってとにかく好みなんですheart04

Red Hot Chili Peppers
FUJIと言えば、レッチリ。
嵐の中決行した悪夢のようで最高の30分のライブを見せてくれた第1回も、
2006年の最高の観客数の中、LIVE BANDの雄姿を見せつけた記念すべき
第10回FUJI ROCKも凄かったです。
でも、凄いのは分かりきっているのでココは敢えてデイヴが在籍していた時の
アルバムから一曲だけをPICK UP。好きなんですOne Hot Minute。

Oasis
ただ今大々的に世紀の兄弟喧嘩中のこのバンド・・というかギャラガー兄弟(笑)
まさか今年の夏のFUJIのステージが最後の来日公演って事は無いよね?
久々にライブ参戦しましたが、楽曲のクオリティの高さを再認識しました。
昔に比べステージの出来にもムラが無くなって、今度はイギリス本国に行って
見たいかも・・って思っていたんだから、いい加減機嫌直してよ〜!ゲジ眉兄弟(笑)

AeroSmith
私が物心ついた頃から延々とROCK BANDの第一線でやり続けている彼らの
ツアーも追いかけましたわ〜heart04ラスベガスからLA〜東京まで。
何度見てもブレる事のない音とそのビジュアルに感服です。
SPIDER MANのテーマは日産のサッカー場?か何かの野外フェスで聞けて
嬉しかったので入れてみました。格好いいです。

THE ROLLING STONES
もう何も言う事はない、いまこうして現存しているのが奇跡のような
他のバンドとは別次元の最強のLIVE BAND。
来日公演は全て行き尽くしています。
忘れられないのは1日だけの日本武道館公演。
武道館という場所に彼らが立っている事実と、鳥肌モノのグルーヴに泣きましたsweat02
武道館というのはそういう場所なんです。
そう軽い気持ちで立ってもらっちゃ困るのよ、坊ちゃんたち(笑)
沢山挙げたい曲はあるけれど、やっぱりLIVEと言えば私の中ではこの1曲!
しびれます・・heart02

あぁ・・もう語り出したらキリがない・・
こうして書いている間も、今までLIVEに行ったBANDたちが何で俺らは
PICK UPしてくれ無いんだ!とばかりに責めてくる・・・sweat01
第2弾も作ろうかしら。
もう完全に自己満足だけの世界に入れるこの作業、絶対にはまります。
気付くと朝までやってそうな予感が・・・・

出来たら一つの再生機の中でセットリストの切り替えが出来るような機能が
無いのかしら?
それがあればこんなデカいのを2つもはめ込む必要ないのになぁ・・sad
i-Pod風のブログツールのスキンも沢山の色や柄の組み合わせが出来て、
ブログの雰囲気に合わせて変えられるしそれだけでも楽しいですよ。

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2009/07/29

SEE YOU NEXT YEAR !

Ca390316

たった3日間の楽園生活も今日で終焉。
毎年この写真を最後に恒例のFUJIROCK FESTIVALは終わりを告げます。

今年の私のフジロックは、初日のグリーンステージ1発目のthe Birthdayに
始まり、3日目同じくグリーンステージのBASEMENT JAXXで幕を閉じました。

ただひたすら音に浸り、美味しい食事と酒を飲み、
大好きな友とバカ話をして何も考えず笑い転げた3日間でした。

最も印象的だったステージはやはり清志郎さんのトリビュートライブ。
忌野清志郎スペシャル・メッセージ・オーケストラ」と称した沢山の
ミュージシャンが一堂に会し、清志郎さんのナンバーを次々にカバー
して、清志郎さんとのフジロックの歴史に新たな時を刻みました。

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その中でも過去のフジロックでの名曲「JUMP」の映像に合わせ、
ステージ上で生で演奏された時は本当に鳥肌が立つほどの臨場感で
一生忘れられないものになりました。
曲の途中で観客に向けて投げ出される巨大バルーンの演出も、
スクリーンに映し出されるタイミングに見事にリンクされていて、
確かにステージ上には清志郎さんは居ないはずなのに、
いくらそう思って見てもやはり間違いなく彼はそこにいるのです。
モッシュピットのすぐ後ろのフェンスの最前を陣取ったのですが、
そんな近距離でライブに参加していても、清志郎さんの歌声、
NICE MIDDLE with New Blue Day Honesの演奏、観客の歓声、
演出が見事に一体化して、今まで体験した事のない感覚を覚えた数分間でした。
泣かないつもりがBooker T.の優しい歌声で始まった「 The Dock of the Bay
に堤防決壊・・・・・crying
こんなに素敵な曲を捧げてもらえる清志郎さんってある意味幸せな人だと
さえ思えるほど、温かくて心に染みる1曲でした。
そしてMy Honeyheart04Charは「ロックンロールショー」をカバー。
何てエロエロなナンバーなんでしょって位に装いを変えて披露されてました。
Char自身も胸元全開な上に、清志郎さんを意識してか色の洪水って感じに
カラフルで全く格好いいったらありゃしない!・・な感じでした。
友達曰く「これ毎年やればいいじゃん!」って・・あんた簡単に言ってくれるな
って云われるような感想を述べていましたが、確かに毎年企画してくれれば、
苗場に行けば清志郎さんに会えるんだって気にさせてくれる位、不思議な
体験が出来るステージでした。
満足!sun

他には今まで何度もフジロックに参加しているにもかかわらず、
見る機会がなかったUA

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彼女の温かくて大きくて柔らかな感性が伝わってくる歌声が素敵でした。
清志郎さんのライブの際にも名曲「スローバラード」をカバーしてくれたの
ですが、数あるカバーの中でも秀逸なカバーでした。
今度はソロライブに行きたいな。

初日は見たいライブが目白押しだったのですが、その中でも最高だったのが
ホワイトステージでのロバート・ランドルフ ファミリーバンド

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ファンク、ソウル、ロックと色んな要素がミックスされた多才な彼らの
演奏に、本当は前半だけ見て後半はポール・ウェラーに移動するはずが
結局最後まで足が釘付けになり、どっぷりと彼らの世界に取り込まれました。
家に戻って真っ先にしたのは、彼らのアルバムをi-tuneでダウンロードする
事でした。
興奮します!とにかくオススメです!!

後は久しぶりに生で観たOasisも良かった。

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自国イギリスでのライブの際に起こる大合唱にはほど遠かったけれど、
それでも苗場の夜空に響いた「Don't Look Back Anger」はライブならでは
の臨場感が感じられて満足でした。
初期のナンバー「Morning glory」には胸が熱くなり、やっぱ良い!このバンドと
Oasisの力を再確認。
初参加の友人が言っていた「Oasisとポール・ウェラーの他にもこんなに
沢山のライブが観れてこの値段なんて安すぎる!」という言葉に
ひたすら納得したライブでした。

そして、最後の最後に観たBASEMENT JAXX
これは言葉でいくら語っても、観て貰わないと彼らの良さは伝わらない
っていうタイプのバンド。

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基本はフィーリックス・バクストンとサイモン・ラトクリフの2人のユニット
なんだけど、流動的にメンバーが加わり、ライブの際には殆ど米版の
渋さ知らズオーケストラとも云うべきごった煮感タップリの個性に、
確かな歌唱力&演奏力をもったモンスター級のド迫力バンドに変身。
音的にはテクノがベースですが、ウエザーガールズのような大迫力の
黒人女性ボーカリストの生声と怪しげな白人パフォーマー&ナイスバディの
黒人ダンサーたちが繰り広げるパフォーマンスに思わずフェンスに
身を乗り出し、馬鹿みたいに踊り狂わされました。
楽しかったぁ〜〜〜〜!!

そんな感じの3日間。

終わる時はいつも楽園の終焉をみる気がして寂しさで一杯に
なってしまうのです。

宿泊先のコンドミニアムは5年契約で3年先まで押さえてあるし、
確実に向こう3年は参加し続けるはずです。
友達も云っていたけど、終わったらすぐに来年のフジロックの事
ばかりを考えてるって凄く分かる。

いつまでもこの3日間が大人のためのロックの楽園でいてくれる
事を心から祈って帰路についたら、途中でこんな綺麗な虹が
観られました。

Ca390318

ありがと、FUJIROCK FESTIVALscissors

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FUJIROCK FESTIVAL場内散策

ではFUJIROCK FESTIVAL’09が3日間開催された苗場の
場内を簡単にご案内。
・・・といっても、今回カメラを持ち込まなかったので、
携帯で思いついて撮影した数枚しかありませんが。

入場ゲートを入ると目立つところにすくっと立っているのが彼。

Ca390305

清志郎さん発案のキャラクターのひとはたウサギ君です。
青山ロックンロールショーの時にも参加していた彼ですが、
今年はFUJIROCK FESTIVALに初参戦。
彼の横にある自転車を漕いで自家発電すると、FUJIROCK FESTIVAL
の開場テーマソングでもある清志郎さんの「田舎へ行こう」が流れる
というアトラクションが設置されていて、沢山の人たちが入れ替わり
漕いでいました。

Ca390306_2

これは川沿いに作られたボードウォーク。
このボードウォークが有るお陰で、炎天下でも涼しく
会場を移動できるという有り難い存在です。

ここ以外にも元祖ボードウォークとも云うべき、
ホワイトステージ→フィールドオブへヴン→オレンジコートを
結ぶ木立の中を歩くボードウォークが有り、このボードウォークの
途中にも「木道亭」という小さなステージが設置されている。

今年は撮影していないので、昨年の夜のボードウォークの1枚を。

Ca390149

そして、FUJIROCK FESTIVALに毎年参加のキャンドル職人、
キャンドルジュン君のキャンドルアートです。
毎年、へヴンにあるブースとレストランエリアのオアシスの
一角に彼の作品が展示され、沢山の人の目を癒しています。

Ca390314

今年は2日目の夜にやった清志郎さんのトリビュートライブの際にも
ステージ上に並べられ、ステージに華を添えていました。

いつもはFUJIROCK FESTIVAL最大のステージグリーンステージと
レッドマーキーを中心にウロウロしているのですが、今年は友人が
1人初参加した事もあって、結構広範囲に移動しつつ場内散策を
しました。
それでも全てのエリアを満喫出来ないのがFUJIROCK FESTIVALの
凄いところ。来年に向けてやり残した未練を残すのが毎年楽しめる
秘訣かもしれません。


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初日の食卓

初日はあまりの悪天候で殆どブログをアップ出来なかったので、
帰宅して写真を整理がてら、記事をリライトしたり過去記事を
アップしてます。

Ca390297_2

これはFUJIROCK FESTIVAL初日恒例の3日間を楽しく過ごそう!と
誓いを交わす際の乾杯の食卓の光景です。

出発前に慌てて30分で作った割にはまぁまぁの出来でした。
「オリーブとパプリカのアンチョビマリネ」「フルーツとくるみのカクテル」
「ブリーチーズ」「自家製トマト」

来年はキッシュを作って冷凍させて持参しようかと画策中。
トマトはなかなかの評判でした。

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2009/05/10

忌野清志郎 Aoyama Rock'n Roll Show

下の記事は、昨日斎場内で献花後もその場を立ち去りがたくて友人達と
座り込んでいる時に書き綴ったものです。
不具合があってその場ではアップできずに1日経ってしまいましたが、
昨日の気持ちのまま推敲せずにそのままアップしたいと思います。


Ca390258

昨日までの大雨が嘘のように上がった五月晴れの空の下、
私はいま2日に亡くなった清志郎さんにお別れの挨拶をするために
彼の告別式に来ています。

『忌野清志郎・青山ロックンロールショー』

これが今日の清志郎さんの葬儀のタイトル。

親族関係者の弔問、献花の後、しばらく待っていると斎場の外まで聞こえたファンの男の人がたまらず叫んだ「清志郎ーっ!ありがとう…!」という
叫び声と共に始まったファンによる献花の列に並ぶこと1時間余り。
ピンクに縁取られた清志郎さんの遺影を前に湧き上がって来た言葉は、
お別れと言うより感謝の言葉でした。

Ca390259

おそらくこの斎場に足を運んだファンは万を超える人になるではないかと
思います。
その一人ひとりが同様に彼に感謝し、沢山の清志郎さんとの思い出を
自分の中で反芻し、斎場に流され続ける清志郎さんの曲に耳と足を
奪われ、多くの人々がその場を後に出来ないでいます。

ひとつの才能を失った時、人はその死を悼みその存在の代わりはいないと
口々にするけれど、実際は時間の経過と共に喪失感は薄れ、その才能が
去った空席にはいつしか誰か別の才能が収まっているのが常だったりします。

でもこの忌野清志郎という才能と存在を埋めるモノだけは、この先どんなに
時間が経過しようとも決して現れないし、誰もそれを認めようとはしないでしょう。
文字通り唯一無二という個性を武器に、40年もの長きに渡り世代を超え
愛され続けた最大の理由は、力に取り込まれることのなく決してブレのない
終始一貫した姿勢と、決して偉ぶることの無いシャイでトコトン優しい
その人柄に尽きるような気がします。

戦争反対だとどれだけ昔から言っているにも関わらず、有事の際の国の判断がそれと反対の方向に向かうとき、清志郎さんはただシンプルに『それって変だろう』と思った事を自らの姿勢で私たちに分かりやすいように示してくれた人でした。
キャリアと共に攻めから守りに入り、体制の代弁者になっていく大物ミュージシャンの多い中、唯一清志郎さんだけはその姿勢や発言に矛盾が無かった。
シンプルなメッセージが持つ強さが世代を超えた人々を惹きつけ、この人を愛さずにはいられない気持ちにさせた。

今、斎場には雨上がりの夜空のライブ音源が流れ、男泣きする男たちの大合唱が始まっています。
気が付くと私の周りはその場を去りがたいとばかりに立ち尽くす人たちでいっぱいになっていました。
ライブ中のMCで「イェ〜ッて言え~っ!」って呼び掛けてくれた清志郎さんの声はもう聞けないのか…そう思うだけでやっぱり堪らなく寂しい。

Ca390260

イントレに沢山の千羽鶴。再復活を誰もが願った・・・


斎場内に流れる歌声を聞き、失った余りにも偉大な才能に改めて絶句した。

忌野清志郎という大きな大きな存在と同じ時代を生き、
音楽の楽しさ、格好良さ、
そして音楽で世界を変えるのだと信じる力を与えてくれたあなたに、
心からの感謝と哀悼を込め、

合掌。



・・とここまでが、昨日斎場で斎場全体に流れる清志郎さんのライブ音源
を聞きながら携帯に書き綴った文章です。

昨日青山斎場に足を運んだ人の数は4万2000人だという発表が
ありました。私たちは午前11時には入場の列に並ぶ事が出来たので、
それ程待たされることなく献花することが出来たのですが、結局一緒に
行った友人の誰もがその場を立ち去る事が出来ずに、清志郎さん考案の
キャラクター「ひとはたウサギ」の巨大バルーンの後ろに設営された
テントの中に誰が言うでもなく腰を下ろし、そのまま数時間が経過。
最終的に斎場を後にしたのは日がすっかり落ちた午後7時過ぎでした。
その日は青山斎場にトータルで8時間以上滞在した事になりました。

Ca390257

青山を後にして、そのまま清志郎さんと友人の地元でもある代々木上原に
移動をし、昨年闘病中の清志郎さんとばったり居合わせた事のある贔屓の
蕎麦屋へと足を運んだのですが生憎の満席。

その後美味しい店には困らない代々木上原を暫し漂流したあと、
前々から気になっていた落ち着いた雰囲気の和食ダイニングバーで
ようやく清志郎さんへビールで献杯。

朝からの疲れと清志郎さんへの思いが交錯し、その日のお酒は回りが
早く、普段はそれほど自分の意見を主張する事のない親友の旦那が、
再び青山に行ってみないか?と言い出し、即タクシーで移動しました。

するとそこには締め切られた斎場の正面門の前に決して少なくない人数の
ファンの人たちが入れて欲しいと集まっていました。
後で聞くと10時40分頃ここで締め切りと献花の列を泣く泣く終わらせた
と言う事でした。
この葬儀が決まった時、ファンの献花の時間として設けられたのは午後1時
から3時までの2時間でした。
それが直前に午後1時から6時までに延長され、結果的にはそれを大幅に
延長する午後11時近くまで献花の列は続きました。

今日1日、それ程乱れることもなくしっかりとした様子で清志郎さんとの
別れを遂行していた親友でしたが、真夜中の斎場に再び戻った時その気持ちの
箍が外れたように泣き崩れ、気がつくとその場にいた見ず知らずのファンの
人たちに抱えられるようにして慰められていました。
今日1日よく頑張ったね・・
まるで廃人のようだったこの数日間の彼女を思うと、そう言ってあげたい
気持ちで一杯になりました。


musician's musician

それは多くのミュージシャン達に慕われ、支持されたミュージシャンにだけ
与えられる称号です。
忌野清志郎という存在はまさにmusician's musicianでした。

献花の列に並びながら、斎場を後にする関係者たちの中に大好きな
ミュージシャンの一人でもある石田長生氏の姿を見つけました。
清志郎さんとも多くのセッションの経験を持つ彼は、斎場を後にする際
斎場を全体を見渡せる正門の手前で、クルリと再び祭壇が設置されている
建物へ向きを変え、深々と一礼し丁寧に手を合わせていました。
今日1日何度も胸が詰まる瞬間が有りましたが、石やんの惜別の礼を
見たこの瞬間が最もやりきれなかった瞬間だったように思います。

多くの影響を人々に与え続け、彼に憧れ音楽の道を選んだロック少年は
決して少なくないでしょう。
特定のミュージシャンの遺伝子を色濃く受け継いだ後発のミュージシャンを
よく●●フォロワーと言いますが、清志郎フォロワーと言い切れる存在は
結果的に誰ひとり生まれなかったような気がします。
それは忌野清志郎というミュージシャンがいかにオリジナリティの塊だった
のかの証明でもあり、何人にも模倣が許されない唯一の本物であった事の
証明です。

しかしその代わりに彼は、弔辞を述べた甲本ヒロトたち後輩ミュージシャン
達の中に、ロックの核になる純粋な信念を植え付けていってくれました。

私たちはこれからも時折ヒロトたちの中に清志郎さんの存在を感じる事で
清志郎さんがずっと生きている事を確認する事になるのでしょう。

今年の夏のfuji rock fes.は特別なものになるんだろうな。

清志郎さん、本当にありがとうございました。

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2008/12/18

その男の遺したもの〜Dream Power ジョン・レノンスーパーライブ 2008〜

1980年12月8日
今から28年前のこの日、ジョン・レノンが銃弾に倒れ亡くなった。
今でも私は1980年のこの日、6時台のニュースでImagine とWoman、
Starting overがテレビから延々と繰り返し流されていた光景をはっきりと
思い出す事が出来ます。

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Photo: (c) Allan Tannenbaum

そして28年後の今年も、同時多発テロが起こった2001年から
この日本でスタートしたジョン・レノンスーパーライブが、ビートルズ
ゆかりの地でもある日本武道館にて8日のジョンの命日に開催されました。

このライブは貧困や紛争のために教育を受ける機会に恵まれない、
世界中に点在する沢山の子供達のために、彼らが多くの事を
学べる場でもある学校を設立する資金を援助するという目的で
毎年開催されているチャリティイベントです。
このチャリティの提唱者はもちろん、ジョンのパートナーである
オノ・ヨーコさん。
正式なイベント名は
「Dream Power ジョン・レノンスーパーライブ」
ジョンの遺した名曲Imagineの中でも唄われている
みんなが想像する事で夢を現実にする力を持つことが出来るんだ
という言葉の通り「Dream Power」という言葉が冠に掲げられている
このイベント名を見る度に、ジョンが最後まで訴え続けた平和活動が
ここにもこういう形で生き続けているのだと再確認するのです。

ほぼ毎年このライブに参加していますが、今年のライブは何だか特別でした。
何が特別だったかというと、別に大好きな女優の宮﨑あおいちゃんがジョンの
詩の朗読をしたからでもなく、チャーと吉井和哉という好きなアーティストの
共演が見られたからでもない、ライブの中でヨーコさんが語ったジョンとの
思い出話が当たり前だけどとても大事な事に気付かせてくれたからでした。

上で述べたように、ジョンの遺志を継ぎ常に世の中にメッセージを送り
続けている彼女が、このライブの中で我々に向けて発する言葉は
いつも力強さに溢れていて、私の記憶の中のヨーコさんは感傷的な涙とは
無縁の人でした。

「愛してるよ」
ジョンはこの言葉を毎日何度も最愛の女性ヨーコさんに向かって、
繰り返したそうです。
I love you この短い言葉の中に彼女へのありったけの思いを込めて
彼は何度も口にした事でしょう。
でもヨーコさんは、その言葉に日本人特有の照れもあってか、
「そう、ありがとう」とどこかそっけなく言葉を返してしまった事を、今になって
とても後悔しているのだとそう言うと、思わず顔を覆うような仕草で泣き崩れ
後ろに居たチャーの胸にその泣き顔を埋めるようにして、少しの間泣いていました。
その写真はこちらでどうぞ。

その姿はアーティストとしてもパートナーとしても偉大過ぎるほどの夫を
余りにも理不尽な形で突然失い、それでも日に日に大きくなる時代の声に
応えようとジョンの役割を演じ続けた彼女が、一瞬にして何の役でもない
ジョン・レノンの妻という一人の女性としての素の自分を思わず見せてしまった
・・・そんな瞬間でした。

なんであの時もっと・・出来なかったんだろう

そんな愛する者を失った誰もが抱える当たり前の後悔を、
彼女も抱えていた事を知り、それをここで口にせずにいられなかった
ヨーコさんが余りに愛おしく、愛おしさのあまり気付くと目からは
嘘みたいに涙が溢れ、自分でも可笑しいほど止まりませんでした。

家ではドラマを見ては泣き、歌を聴いてはウルウルしてしまう私ですが、
外ではどこか自分にストッパーを掛けてしまい大泣きした記憶など
数えるほどしかありません。
それが今月になって、一人で舞台を観に行ってはボロ泣きし、
こうしてまた武道館で息も出来ないほどにガシ泣きをしているのですから、
どうしようもありません。

思えば、ヨーコさんのMCの前にVTR出演でしたが、二人の息子ショーンが
歌った「Listen」という彼が父に捧げた曲の歌詞を眼にした時から、
既に私の中の感情の堤防は崩れ始めていたのかも知れません。

その曲は5歳で父親を失った彼が、幼い視線を通し何を見、何を考え、
そして今何を思うのかを素直に歌ったものでした。

1975年10月、偉大なアーティストの息子として、
そして世界で最も有名なカップルの息子としてこの世に生を受けた息子
ショーンに対し、まるでその5年後にあのような形で息子の前から去らなくては
ならない事を知っているかのように、愛する息子の傍らから一時も離れず
父親として息子との濃密な時間を過ごす事に全神経を注ぎ続けたジョンが、
これからはアーティストとしての自分の記憶を息子に遺そうと活動し始めた
1980年12月、彼が凶弾に倒れたのはその矢先の事でした。

Wside

自分たちが住むNYダコタハウスの下には何千人もの人が建物をとり囲むように
集まり、自分の父親の死を嘆きimagineの大合唱が絶えず続いている様を
背伸びをして窓から覗き込んだ5歳の幼いショーンは、まるで抜け殻のように
なってしまった傍らの母親に「あなたはまだ若くて美しいよ、元気出してね」と
健気に声を掛け、必死に母を混乱から救い出そうとしました。

Johnwithsean

どんなに濃密な時間を過ごしたとしても、周りにいる人間の方が自分より
遙かに長い月日を父親と過ごし、沢山のジョンの思い出を持っているという事実は、
幼いショーンの中の父親への恋しい気持ちを更に募らせ、その気持ちは
「どんな代償を払っても良いから父さん(ジョン)、あなたにもう一度だけ会いたい」
という歌詞へと形を変えました。
「何にも話さなくても良い、ただあなたと並んで道を歩くだけで良いんだ」
そんな意味の歌詞が何度も繰り返されるその曲を、今はすっかり大人になった
33歳のショーンが父親の遺伝子をたっぷりと受けた父親似の歌声で歌う姿に
特別ではないどこにでも居る親子像を重ねながら、幼いショーンが抱えていた
とてつもない孤独を思い胸を締め付けられました。

死しても尚、絶大な影響力を持ち続ける男を父に持ち、また夫に持つ二人が
ふと一人の息子、一人の妻に戻っていった瞬間に立ち会えた事は、
何よりも今回のライブを特別なものにしてくれました。

その男が求めたもの。
世の中から争いが無くなり、子供が当たり前のように夢を見る事が出来る。
それがジョンの求める平和ならば、そんなささやかな幸せが当たり前の事に
なる日が来る事を心の底から願わずにはいられない・・そんな夜でした。

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2008/12/11

Julie,Julie,Julie!in 東京ドーム

― あなたの一番のアイドルは誰ですか? ―

まぁ、こんな唐突な質問をされることなどそうそう無いとは思いますが、
もしそう聞かれたら私は間違いなくジュリーだと答えるでしょう。

もちろん初めて買ったLPレコードも、
初めて行った日本のアーティストのコンサートも全てジュリーでした。
そのジュリーに会う為に、私としては実に10数年ぶりに
彼のコンサートに行ってきました。
ライブ翌日のニュースでも沢山報道されていたので、目にした方も
居るとは思いますが、コンサートというのは東京ドームで行われた
7時間で80曲を歌いきったジュリーの還暦を記念した(!)
メモリアルコンサートの事です。

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子供の頃から長いことFCに入っていた事もあり、ジュリーのFCからお知らせが
未だに届くので、このコンサートのことは随分前に知っていましたが、
最初にこのコンサートのことを知った時は、ジュリーには失礼ですが
今のジュリーにドームを埋めるだけの集客力があるとはとても思えず、
正直余りにも無謀だと思いました。
そして、もっと失礼かつ勝手な事を言わせてもらうと、
昔の美しい彼の記憶を鮮明に持つ者として、何よりも60歳を迎え
それなりに年を重ねたジュリーに会う覚悟がありませんでした。
勿論、自分だってその分確実に年取ってはいるんですけれど・・
ホント勝手ですよね人間って。

ではここで、私が最もきれいだと思うジュリーを・・・

少し古い話をさせていただきますが、
ジュリーとの出会いは遡ることウン十年の幼稚園の頃でした。
幼稚園から小学生の一時期にかけて、実はジュリーはご近所さんだったのです。

その当時よく母に手を引かれ、彼が住んでいたマンションの地下のスーパーで
買い物をしている時に何回か彼の姿を見たことがありました。
ピンポンパンに夢中になって観ているような年齢の私には、
それが当時の超人気アイドルのジュリーなんて事は知る由もなかったのですが、
子供心にもえらく綺麗な人だと言うことだけは理解していたようで、
母に連れられそこを通る度に、彼がよく出入りしていたスーパーの横の
駐車場の入り口辺りを観る癖がついてしまった事をよく覚えています。

それから数年後、ジュリーは最初の奥さんと結婚したのを機に
そこを引っ越し居なくなり、そんな事を忘れかけていた更に数年後のある日、
たまたま歌番組を観ていた時にブラウン管の向こうで血の付いた包帯を
手に巻き付け、憂いのある表情で「LOVE ~抱きしめたい」を歌う
彼を観た途端ものの見事にジュリー堕ちをし、
気付くとどっぷりとファンになっていました。

その当時は周りが同世代のアイドルに夢中になる中、
世代がほぼ2周り近くも違うジュリーを洋楽のアーティストと並行して
20代半ばまで追い続けました。


多分一目惚れしたその頃かと・・

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まだまだ語っておりますので、お好きな方だけどうぞ。

続きを読む "Julie,Julie,Julie!in 東京ドーム"

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2008/10/07

秋のイベント part 3 ~Johnny, Louis & Char+FLOWER TRAVELLIN' BAND in 日比谷野音~

秋のライブ週間第二弾は、最近音楽活動を再始動させたフラワートラベリンバンド。
フラワートラベリンバンドに関しては、今年のFUJI ROCKで既に生音を聴く機会に恵まれ、これが2度目のライブになります。

しかし、この日の日比谷野音のライブはお目当ては彼らだけではありません!
私が再始動を心から望み、未だに彼ら以上にクールな3ピースバンドはいない!と公言して憚らない私の中のmaster of rock Johnny, Louis & Charがオープニングアクトとして登場するのです。

思えば小学生でチャーを知り、中学生でJohnny, Louis & Charを、その後に彼らがPINKCLOUDとなっても延々と追っかけ続けた唯一の日本のバンド。
昔、JL&Cの野音のライブの際に舞台裏でちょこまかしていたチビちゃんたちが、今ではRIZEとして立派に次世代のロックの継承者として活動している事に、思わず時の流れの速さを感じ親でもないのに胸が熱くなったりもしますが、今日はとにかく武道館の活動停止ライブ以来3人が揃ってステージに立ち、音を出すことの喜びを純粋に楽しもうと朝からワクワクしていました。

いつもは一緒に行く親友のMちゃんが用意してくれている「大人のバリューセット」要はライブ仕様の呑兵衛セットなのですが、今日は昨日のうちから私が用意するぞ!と意気込み仕込んでおいたので、あとはこれを容器に詰めるだけ。
バリューセットの内容は
●ブリックパックのワイン(白、赤)
●ラタトュイユ
●ローストビーフのサラダ
●生ハムとオニオンのマリネ
●チーズ2種(スモークチーズ、ガーリックハーブ入りクリームチーズ)
●栗の渋皮煮(1個)
●パン3種
(ベーコンエピ、黒ごまクリームチーズ、ラムレーズン入りソフトフランス)
●SNYDER'S(ハニーマスタード味のスナック菓子)
●マスカット

う~ん、どう考えてもライブのお供とは思えないボリュームのつまみに、作っている最中から良いのか??この量・・と自分に問いただす始末。
日比谷野音というと開放的な雰囲気につられ飲んだくれた思い出が多く、都心のオアシスのような緑あふれるこの空間が次第に夕景に包まれてゆく様は格別で、この日は雨雲に覆われた夕景ではありましたが風が気持ちよく、その風に薦められるように(誰も薦めてません!)1パックが2パック、2パックが3パックと気付くと4パックもワインを開けてしまっていました(笑)

そんな呑兵衛の戯言はどうでも良いので、肝心のライブの方と言えばもう格好いいったらありゃしない!としか言えない大人のライブでした。
年齢だけで言えばFTBのVo.ジョーが62歳(!)ジョニー吉長も還暦で、1955年生まれのチャーが一番の年若という何とも年齢層の高いライブでしたが、音自体は2バンドともにバンドメンバーそれぞれが鬩ぎ合い、相変わらずスリリングでまさに鳥肌ものでした。

特に、Johnny, Louis & Charは思い入れが強すぎて涙腺をやられました。
今回はあくまでもメインアクトはフラワートラベリンバンドなので、曲数は絞られていましたがPINK CLOUD時代の曲もやってくれて、十数年前の彼らの姿がフラッシュバックしたようにステージの彼らに重なりました。
PINK CLOUDが活動停止してからは、チャーのステージはほぼ欠かさず足を運んでいますが、ルイスは再生ウォッカ・コリンズでの活動を追っかける位で、ジョニーは音よりも役者としての彼の姿の方が目についたりして・・・でも、こうして音を聴くと私にとって日本最強の3ピースバンドはやっぱこの人たちなんだよなぁと再確認。

ただ久しぶりに姿を観たジョニーは元から細いけど更に細くなっていて少し心配。
それに引き替えルイスは恰幅が良くなっていて驚きでした(笑)
でも格好いいから良いのだ(こればっか!)

そして、この日一際客席をどよめかせ盛り上げたのはフラワー登場の前にMCより「この方がいなければフラワートラベリンバンドは存在しなかった!」と紹介され登場した内田裕也氏。
愛情を持って言わせてもらえば、良い意味でも悪い意味でも日本のロックの歴史の上に漬け物石の様に存在し続けるこの方の存在感たるや、やはり凄いものでした。
生の裕也さんの姿に触れたのは18歳位の時に今は無き新宿のツバキのエレベーターで、裕也さんと一緒になって以来かも!※思い出しました・・ジョン・レノンの追悼イベントで複数回お姿をお見掛けしたことを忘れていました。

その頃は妙にギラギラしていた印象が・・でも刃物のような静かな怖さは今も健在でした。
このときの裕也さんが紹介していたJULIAN COPEが書いたという、日本のロックの研究書という触れ込みのJAP ROCK SAMPLERという本ですが、この本のサイトを見ただけでも相当間違った情報が載っていて、どんだけ???な本なのよと逆に興味が沸いてしまいました。(笑)
JULIAN COPEはソロになってからのMy nation undergroundを出した頃、ホントに好きでライブに行ったりしてた位なので、こんな事で消息が知れて逆にホッとしたりして・・

そして、すっかり闇に覆われた頃に登場した今夜のメインアクトFlower Travellin' Band 
上にも書いたように今年のフジロックで再始動した彼らのステージは既に見ているのですが、彼らにとって思い出深いこの野音でのライブとなるとやはり特別な気がします。

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Vo. ジョー山中
Sitarla&Guitar 石間秀機
Bass  小林ジュン
Drums  和田ジョージ
Keyboard 篠原信彦

私にとってのヴォーカリストジョー山中はやはり角川映画の主題歌(名曲!!) を歌っていた頃の印象が強く、さすがにFLOWER TRAVELLIN'  BANDとしてのジョーは日本のロック黎明期の古い映像の中での姿であり、まさかこうして再始動するなんて考えもしませんでした。
フジロックの時に一緒にステージを見ていたチャーと同じ年の知り合いの人が、昔のジョーの声を生で聴いているだけに「やっぱ声出てないよなぁ」と言っていたのですが、その時「昔が出過ぎてたんだよ」という私の一言にすかさず納得していました。それでも当時のジョーの3オクターブの声域を彷彿させるだけのパワーはまだまだ健在で、まさに神が与えた声だと感じさせるものでした。

石間さんと篠原さんはジュリー(沢田研二)がナベプロを離れ独立した際に結成したバンドCo-Co-Loに参加していた事でステージを何度か見ていた事もあって、別の意味で懐かしく、あの頃のジュリーの無国籍でスケール感のある音作りが好きだった身としては、その音の原点を見せてもらったような気がしました。

代表曲でもあるMake upから始まったステージは、雨足が強くなるにつれてますますステージ上は盛り上がり、新旧織り交ぜたナンバーを(satoriの時がどうしたって一番盛り上がってましたが)最後までペースダウンさせず魅せる彼らはやはり偉大です。

Make Up
What Will You Say
We Are Here
Woman
dYE-jobe
Sleeping Giant
Over & Over
Don't Touch My Dreadlocks
Love Is...
Slowly But Surely
Satori Part 2
・・・・・・・・
encore

Hiroshima
Will It

そして最後にジョーが言った、これからもう一つのFTBの故郷カナダに行ってもう一度自分たちの力を示してくるという力強い一言には、このバンドの一つの正解を見た気がしました。
やはりこのバンドは日本のマーケットよりも、広いジェネレーションレンジを持っている海外のオーディエンスへ訴えた方がレスポンスがあると思うのです。
海外に行くといつも思うのは、ロックを卒業するという観念が皆無だという事で、この事は当然彼らのようなバンドの受け入れ先が存在し続ける事を意味していると思うのです。
フジロックは比較的こういう傾向を取り入れるような構成になりつつありますが、
全体からするとウドーのロックフェスが惨敗に終わったように厳しいのが日本の現実です。
日本の現役ロックバンドの第1世代として、彼らにはもっともっと頑張ってもらってエイジレスな存在としてのロックを確立してもらいたいと切に熱望して野音を後にしました。

しかし、F4とJohnny, Louis & Char+FLOWER TRAVELLIN'  BANDのライブに立て続けに参加する私って・・・・きっとこんな奴他にはいないだろうなぁ(笑)

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2008/07/26

FUJIROCK 2日目

二日目
二日目
フジロック二日目。
二日目の今日は長時間の運転と初日の疲労でくたびれた体をリセットすべく、初日に予約した会場内のタイ式マッサージへ朝から行ってきました。

運転と重い荷物の運搬でパンパンになった首筋から背中にかけてをどーにかしてもらおうとお願いすると、ゆっくりじっくり30分以上かけて解してくれ、重いモノを持った為に腕が縮んでるだの、内臓が全体的に下がっているだのと問題山積。
しかし終わってみると、昨日は余りの首筋のコリから頭痛がヒドかったのが嘘の様にスッキリo(^▽^)o

その後に食べた食事もいつも以上に美味しく感じ大満足!
今後はこのマッサージ、フジロック二日目の恒例となりそうです。
(※ちなみにbranchはところ天国というエリアにあるフランスパンを器にして牛筋カレーを詰めたプレートと、マンゴーをトッピングしたフレンチトースト、それにスミノフドライ。イャぁ…至福です)
食事の後は河原で火照った手足をクールダウン。
山の雪解け水が源泉なのか、千切れる程冷たい川の水は瞬時にクールダウンしてくれて、またもや夢心地。

河原に散在しているストーンアートと共に映るパープルのクロックスジョージの足元は私です。

さて昨日の23000歩余りに続き、万歩計は今日はどれだけ記録するかしら

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2008/07/25

もの好き〜FUJIROCK 1日目〜


もの好き
今年も夏の苗場に来ています。

朝は快晴、今はどしゃ降り、でもそこはフジロック歴12年の経験値がモノを言い慣れたもので、こんな雨も何のその万全な雨対策さえ在れば、至って快適('-^*)/

Ca390136

でも端から見たらタダのもの好きなんでしょうね(笑)

毎年この3日間の為に毎日真面目に働いているようなものですから、トコトン楽しんでやりますともo(^-^)o


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